2020年8月 「彼女たちは歌う」設営風景
写真=堀蓮太郎
彼女たちは語る
vol.8
2021.2.25 発行
ウェブマガジン『彼女たちは語る』について
展覧会「彼女たちは歌う」(2020年8月18日〜9月6日、東京藝術大学美術館陳列館)にあわせて発行されたウェブマガジン。コロナウイルスの影響により直接会うことができない中、展覧会前にオンラインで重ねた参加アーティストたちとのディスカッションや、会期中のトークイベントの記録を通して、ジェンダーや美術教育の課題について考える。展覧会の会期終了後も続けて発行する。
vol.1
2020.8.22
オンライン・ミーティング(5月7日) 前編
vol.2
2020.9.1
オンライン・ミーティング(5月7日) 後編
vol.3
2020.9.30
オンライン・ミーティング(5月21日) 前編
vol.4
2020.10.22
オンライン・ミーティング(5月21日) 中編
vol.5
2020.11.18
オンライン・ミーティング(5月21日) 後編
vol.6
2021.1.21
オンライン・ミーティング(5月25日) 前編
vol.7
2021.2.10
オンライン・ミーティング(5月25日) 中編
vol.8
2021.2.25
オンライン・ミーティング(5月25日) 後編
vol.9
2021.3.20
オンライン・ミーティング(5月27日) 前編
vol.10
2021.3.27
オンライン・ミーティング(5月27日) 後編
オンライン・ミーティング(2020年5月25日)参加メンバー
ナンパに表れる価値観
乾
ぱっと思い出した話なんですけど。
荒木
うん。
乾
銀座の通りに一人で立っている時に、男性二人組にいわゆるナンパという感じで話しかけられて。その時に「そういう服は彼氏も好きなの?めちゃくちゃにしたくなるわ」って言われて。
荒木
ハァ?
乾
その発言凄いなと思っちゃって。まずそういう服を着るのは恋人の趣味だって思われてることもびっくりしましたし、あと私が強そうに見えるだろうっていう思いで着てたお気に入りの服が、自分の意図とは全く違う方向に消費され、受け取られることがあるっていうことに気が付きました。すごいショックを受けましたね。
荒木
それを口にできちゃうという環境がすごいよね。思ったとしても言うのは失礼すぎるよ。
菅
私の経験ですけど、ドイツでもナンパはありましたよ。なんていうか、レイシズムなのかな、アジア人の小柄な女性いいよねみたいな感じもあったし。
荒木
どんな感じだった?
菅
日本なら、外見から大体入るんですよね。「かわいいね、何歳?」みたいな感じで来るんですけど。私がドイツで遭遇したナンパは、近所の人とする会話みたいな感じで。
荒木
うんうん。
菅
「このミュージアムに行くんですか?」「ああ、そうですよ」みたいな会話をするうちに「君の話は面白いね!」「もっと話さない?」みたいに言われて。
乾
はあ。
菅
「どんなものが好きなの?」「何を勉強しているの?」「君はアーティストなの?」みたいに、内面というか…会話したうえで気が合うからカフェに入ろうよみたい感じのナンパなんですよ。何人か会いましたけどみんなそのパターン。
荒木
面白いね。
菅
「あれ?かわいいって言わないな」と思って。どこの国出身かはすぐに聞いてくるけど、可愛いとか美しいとか年齢とか、日本のナンパのような外見に関することはいつになったら言うのかな?と思ってしばらく聞いてみてたんですけど。
荒木
(笑)
菅
もうなんか面倒くさくなって「時間経っちゃったし、美術館行けなかったしもう帰ります」って言ったら、「ちょっと待って君は美しい!」みたいな感じで。
一同
(笑)
菅
一応建前として、内面の気が合うねというのが絶対ないと成立しないのかなって思いました。「ホテルに連れていければいいや」って内心思ってるのかもしれないけども、表向きは人間らしい会話を重ねようとする努力が見えましたね。
荒木
「きれいだね」とか言ってしまうと問題なんだね。
菅
やっぱり、外見でしか物を見てないっていうのがいけないことだと思ってるのかな?
荒木
ナンパの手法に国の違いが表れるのかもしれないね。
誰かのために産むという発想
荒木
みなさんの育った家庭についてお話聞かせてください。
ユゥキユキ
母親が私と同じぐらいの年のときの日記を読ませてもらった時に「お父さんやお姉ちゃんのために子供を産みたい」という記述があって。え、自分の意思じゃないの?何かのために私はいるの?って。
荒木
強烈だね。
ユゥキユキ
お姉ちゃんは「旦那さんのために」産んで、私のことは「お姉ちゃんのために」と。一方で、子育てに必死でどんどんおばさん化していく、こんなじゃ嫌だ、みたいなことも書いていて。
荒木
うん。
ユゥキユキ
何かしたいけど何かする方法がなくて、すぐ飽きちゃうし、自分って何だろうみたいな。一人の人間として葛藤が書いてあるような日記だったんで、読んでいくと、母親は母親役じゃないんだなみたいな感覚に。
荒木
その日記はこっそり読んだの?
ユゥキユキ
いや、ちょうだいって言って貰いました。
荒木
読んでいいって言われたの?
ユゥキユキ
そうですね。
荒木
そうなんだ。
ユゥキユキ
子育て日記で。姉と私のそれぞれの名前をつけた日記帳があって。
荒木
ああ、自分のために考える癖がないのかもしれないね。
ユゥキユキ
ある意味、田舎の家父長制とかホモソーシャルの被害者でもあると思ってしまうと、その母親自体を否定することはできないなって、やっぱり。
荒木
臨床心理士の信田さよ子さんが「なるべく自分を主語にして家族と会話をしましょう」とを言っていて。どうしても「あなたのためなのよ」とか「あなたがこうしないと」って家族は言いがちだけど、私はこう思うとか、私はこうしたいっていうことを意識的に言うことが家族のコミュニケーションの秘訣だと。
美術の道に進んだ姉と音楽をあきらめた弟
荒木
菅さんの育った環境はどうでしたか?
菅
父と母、弟が一人いるんですけど、母は「あなたのために」って絶対言わない人でした。私は芸大に入るまでに二浪して迷惑をかけたんですけど、それに対しても文句を言わずずっと応援してくれました。
荒木
素晴らしいじゃない。
菅
父親は家父長制的な体質が強かったと思います。どちらかというと私よりも弟に向かったんです。私はある意味、あんまり期待されていなくて。芸大行きたいって言った時も、「別にいいんじゃない」みたいな感じだったんですね。
荒木
そうか。逆に期待されてなかったっていうこと。
菅
はい。だからもうどこの大学行ってもたいして何もならないだろって思われてたんですよきっと。
荒木
それはそれで酷くない?
菅
まあ、そうですね。おそらく何か成果を出すようなことは期待していなかったんじゃないかな。はっきり聞いたことはないですけど。今は、私の活動を報告すると喜んでくれています。実家がずっと何十年も取り続けた新聞に私が載ったということもあって、誇らしく思ってくれているようです。
荒木
うんうん。
菅
弟はずっと音楽をやっていて、プロのミュージシャンになりたかったんですよ。私が美術の勉強を自由にさせてもらってた時に、弟は「男は音楽なんてやったらダメだ」って、何年もプロのミュージシャンに教わってたのに、辞めさせられました。
菅
弟は父から「普通の大学に行って普通に就職をする道を選べ」っていうのをかなり強く言われて、泣きつかれたことがありました。「なんでお姉ちゃんは美術ができて俺は音楽をやっちゃいけないの」って。それはすごくかわいそうでした。
荒木
そうだよね。
菅
だから苦しめられているのは必ずしも女だけじゃないんだなっていうのはその時にすごく感じたんです。もしうちの環境で私が男だったら、美術大学は入れなかったし、アーティストにはなれなかったと思います。
荒木
なるほどね。お母さんは弟さんを応援しなかったの?音楽やりなさいよって。
菅
応援してました。プロのミュージシャンに教わりながら大学に行ける道をなんとか探して、弟が選べる選択肢を可能な限り残せないか、かつ父親の意見にも沿った形でっていうのを頑張って探してるような感じでしたね。
荒木
何の楽器やってたの?
菅
ドラムです。
荒木
プロのドラマーにはならなかったんだ。
菅
ならなかったですね。大学に入ってからアマチュアで色んなバンドに参加したりはしてましたけど、やっぱり就職しなきゃいけないから、もう楽器は趣味と割り切った時期があったって本人が言ってました。
荒木
それは切ないね。ちょっとフェアじゃないね。お姉さんは好き勝手やらせてもらえたのに。
菅
そうなんですよ。子供の時は同じように好きなことをやっていいって言われてたのにおかしいって、私も弟に言われました。だからといって、私も美術あきらめるよとは言えないから。
荒木
うん。
菅
頑張って「弟はこんなにやりたいって言ってるんだから音大だってありなんじゃないの?」って父親に言ってみたこともあったんですけど、すごく怒られて反論もできず。心残りでしたね。
自立してアートを続けるには
荒木
そうだったんだ。お母さんはお仕事をされていたの?
菅
ずっと英会話の先生をしています。母は高校生の時にアメリカに留学をしてたので、それを生かした仕事ですね。苦労もやりがいも感じて、仕事をしている人でした。
荒木
そのいい影響はあったかもしれないね、菅さんにも。
菅
そうですね。自分の強みを生かした仕事ができた方がいいという価値観はあったと思いますね。
荒木
でも弟さんかわいそう。今幸せなのかな。
菅
弟は、あの、昨日結婚しました。
荒木
あ!そうなの!おめでとう。
菅
仕事の中でもやりがいを見つけて、充実してると聞いてます。ドラムの事は若い頃に打ち込んだものがあって良かったという感じのものになってるんじゃないかな。
乾
私、同い年の子たちが就職し始める世代なんです。博士課程の方たちは、どうやって生計を立てているのか、どうやって活動・作品制作と収入を回していけばいいのか全然分からなくて。
菅
私は2年間ですが予備校で講師をしました。美術や教育関係で仕事を見つけられると自分の活動にも結びつきやすいですよ。中学校で美術を教えながら博士課程課に通う方もいますね。
乾
ありがとうございます。参考になります。
菅
あとは、去年の9月から挿絵のお仕事が始まって。
荒木
菅さんはご自身の学費を払える状況ですか。
菅
減額の申請など、あらゆる努力をしたうえで。今年ようやくマイナスがなくなってきました。
ユゥキユキ
私も学費の免除申請は出しています。アーティストとしては収入を得るどころではなく、いつも赤字になってしまうので、その分はアルバイトを。
荒木
自立してやっていくことは大事だよね。菅さんも、夫しだいみたいな状況は考えないでしょ。
菅
考えられないですよね。そういう状況で、力関係ができてしまうのも怖いし。それが精神的にもかなり影響を及ぼすような気がします。
荒木
私も夫の収入に頼ることはちょっと考えられない。精神的な不均衡がどうしても起きてしまうと思う。自分の振る舞いも変わると思うし。
菅
そうですね。何かこう周りのカップルや、結婚する人たちを見ていると、どちらかが美術を辞めたり、相手が美術の業界じゃない人だったりして、作品制作で経済的にマイナスになってる分をパートナーが埋めてるという構造があるなっていうのはちょっと思ったりします。
荒木
うん。成りっているんならいいと思う。
菅
話を聞くと、そのことが原因で喧嘩する例も聞きます。美術作家として作品を売っている女性が、恋人からは「この趣味すごいお金かかるんだね」みたいな扱いをされていたりします。
荒木
それはつらいね。
菅
「結婚して支えるよ」って話になると、言うことを聞くとか聞かないとか、「お金出してやってんるだから」っていう考えに結び付いてしまう気がします。
荒木
アーティストにとってサバイバルは大事ですよね。今回コロナでアートフェアや展覧会もキャンセルになっちゃったけれども、アーティストの青山悟さんは、自分でオンラインマーケットを立ち上げていました。私も欲しくて、狙っていた作品があったんだけど…1分ぐらいで売り切れちゃって(笑)
ユゥキユキ
すごいなあ。
荒木
そういう、アーティストだからできることで、普段の作品発表とは少し違った形で資金を稼いでいくこともあり得るはず。ファンは求めてるし。アートが流通することにもなるし。二本立て、三本立てで考えながらサバイブしてほしいと思います。
菅
そうですね。
荒木
今日は長い時間、ありがとうございました。自分の親との関係とか、ジェンダーの問題に向き合っているアーティスト同士だからできる話だったと思う。男性作家たちは、こういうことについてお喋りできるのかな?
菅
男性にも関係あるはずですけどね、絶対に。
荒木
男性にもジェンダーの押しつけは残酷なほどあって、女性よりもそれを話すことがタブーなぐらいだと思う。本当に気が付かないのか、気が付かないフリをしてないと辛過ぎるのか。もっと深刻な状況にあるのかもしれないね。
乾
確かに。
荒木
色々な問題を一定の距離を保ちながら作品化できることは、アーティストの強みだと思います。妊娠や母と娘のこととか。身近な問題、自分の身体ありきで作り出される作品を、非常に魅力的だと思います。これからの皆さんの作品期待しています。
次号へ続く
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