2020年8月 「彼女たちは歌う」設営風景
写真=堀蓮太郎
彼女たちは語る
vol.7
2021.2.10 発行
ウェブマガジン『彼女たちは語る』について
展覧会「彼女たちは歌う」(2020年8月18日〜9月6日、東京藝術大学美術館陳列館)にあわせて発行されたウェブマガジン。コロナウイルスの影響により直接会うことができない中、展覧会前にオンラインで重ねた参加アーティストたちとのディスカッションや、会期中のトークイベントの記録を通して、ジェンダーや美術教育の課題について考える。展覧会の会期終了後も続けて発行する。
vol.1
2020.8.22
オンライン・ミーティング(5月7日) 前編
vol.2
2020.9.1
オンライン・ミーティング(5月7日) 後編
vol.3
2020.9.30
オンライン・ミーティング(5月21日) 前編
vol.4
2020.10.22
オンライン・ミーティング(5月21日) 中編
vol.5
2020.11.18
オンライン・ミーティング(5月21日) 後編
vol.6
2021.1.21
オンライン・ミーティング(5月25日) 前編
vol.7
2021.2.10
オンライン・ミーティング(5月25日) 中編
vol.8
2021.2.25
オンライン・ミーティング(5月25日) 後編
vol.9
2021.3.20
オンライン・ミーティング(5月27日) 前編
vol.10
2021.3.27
オンライン・ミーティング(5月27日) 後編
オンライン・ミーティング(2020年5月25日)参加メンバー
「フェミニズム」と言わない理由
荒木
菅さんは、あえて女性とかジェンダーということを自分では言わないようにしてきたと言ってましたね。それはどうしてですか?
菅
自分の制作はフェミニズム・アートだと思って作ってるんです、実は。だけどもこれを口に出してしまうと、「フェミニズム」って聞いただけで作品を見なくなる人たちがいると思うんですね。
荒木
そうですか。
菅
作品を本当に届けなきゃいけない人たちって、フェミニズムという言葉が嫌いな人たちなんですよ。そういう人たちに、それを作者からは言わないでおいたまま、鑑賞に入ってきてもらって、自分でその問題にぶち当たってほしいというか。
荒木
そうか。バイオアートとかテクノロジーとかっていうと、わりと男性受けするんだよね。そういうオブラートに包むと、お!何か新しいこと言ってる!とか、未来的だ!とか。
菅
あえてフェミニズムという言葉を使わずに、どう内容を伝えるかということを結構考えてきましたね。
荒木
なるほど。
菅
たまに一般の大学でゲスト講義をさせてもらうんです。美術に関係のある学部の時もありますが、経済学部とかのロボットアニメが好きだったからちょっと見に来ましたみたいな感じの男の子が、私の作品に対する感想を書いてくれたりして。あ、これは結構良い線いってるかもしれないって思いました。
荒木
でも、そのこと自体問題だと思わない? 日本ではジェンダーとかフェミニズムっていうとそれだけで忌避される。その現状を追認してしまうと、状況をそのまま温存しちゃうんじゃないかなという危機感が私はある。
菅
そうですね。あの、言える人は言っていった方がいいと思うんです。私は2016年の(修了制作の)段階では、今この状況だったら、言わずに浸透させて気付かせたほうがよいと思っていました。今後、自分から言う方に変えるかもしれないです。
荒木
そうね。フェミニズムとかジェンダーと言った途端に避けられることは、国際的な美術のコンテキストではありえないですけどね。移民や人種差別に関する問題と同様で。美術をやっている人がジェンダーに触れないなんて、リテラシーが低すぎるという話になる。
菅
そうだと思います。
荒木
問題がまるで存在しないかのように振る舞うなんていうことはあり得ない。菅さんの作品は、ジェンダーやフェミニズムの問題を真っ向から扱っていると人は評価するはず。グローバルにはね。
菅
そうですね。ジェンダー論の先生方と結構仲良くさせていただいてるんですけど、戦略的に言わないようにしてるの?って聞かれたことはあります。外に向けてそういうことを発言していないよねっていうのは指摘されるんです。だからみんな気づいてるんですよ、多分。
荒木
うん、そうだね。
菅
気づいてるけど、そのまま見守ってくださってるので、ちょっとこのまましばらくはこの方法で、と私は思うんですね。
荒木
何を取るかということかな。見てくれる人とか、間口を広げるっていう実を取るということなのかな。レクチャーとかした時に、学生から拒否反応みたいなコメントが来たりすることはある?
菅
今のところないですね。私の作品から派生した話として、「人間の女性が妊娠・出産をする以外の方法で人間が生まれることは認められない」みたいな意見を書いてくる人はいます。でもフェミニズムの問題を扱うこと自体に対しての拒否反応はまだ見たことはないです。
荒木
芸大の学内ではどうですか?
菅
修士論文では、女性像について、見られるもの、受動的なもの、完全に男性向けに都合のいい女性として描かれるものを、いかに反転するかという趣旨のことも書きました。それは完全にフェミニズムの視点からでした。
荒木
なるほど。
名前が変わる経験
荒木
すごくプライベートな話だけど、菅さんは旦那さんの名字になってるじゃない?
菅
はい、そうです。
荒木
そこは何か意図があるの?
菅
作品の傾向ががらっと変わる時期と重なったので、その時にもう名前を変えたいなと思ったんですよね。なんて名乗ろうかなって思ったんですけど、カンミカって響きがミニマルで面白いなっていう風に思って。自分で変な苗字を付けるよりはこのままでいいかっていう感じです。
荒木
そう。特に別姓とか、夫の姓になることとか、そういうことに対するこだわりみたいなものはなかった?
菅
そうですね。もし別姓を選べるような状況だったら変えなかったかなっていう気はしますけど。それでも今と同じように「気分を変えたいから変えるわ」ぐらいの感じで、カジュアルに変えてたかもしれない。缶詰めみたいな名前で、面白いっていうのは思っていたので。
荒木
ご結婚もわりと早かったんですよね。
菅
そうですね。20代前半なので、結構早かったかと。
荒木
その時に「もし今後離婚したとき名前どうしよう?」という気持ちはよぎらなかった?
菅
その時は全然考えてなかったですけど。たしかに。
荒木
そこら辺が面倒くさいのよね。私の場合はすでに荒木っていう姓で学芸員をしていたから、そのままにしてるんだけれども。戸籍上は夫の姓になっている。
菅
2つの名前を使っている状態なんですね。
荒木
海外のホテルとかで、ナツミアラキはいるか?って言うと、いないって言われちゃったりすることもある。名前ってアイデンティティーの大事なところでもあるのに、グラグラする。
菅
不便なこと、たくさんありますよね。
荒木
多くの男性は感じてないわけだよね。制度上の不便さを女性が負わなきゃいけないっていうのは、何かにつけ感じるんだよね。男の人だったら全然悩む必要ないことで、いちいちストップがかかるみたいな…
菅
私もパスポートやクレジットカードなどの名義を変えるっていうのを一通りやりました。大変だったので「何で私だけ?」っていうことはやっぱり感じました。でも仕方ないから、乗り越えようとしちゃいましたけどね。その時点でおかしいってつっぱねるみたいなことがあっても良かったのかもしれないと思いますね。
結婚も子供も仕事も... 無限の搾取?
菅
いま連載の仕事(平野啓一郎・作の小説『本心』の挿絵。2019年9月から2020年7月まで北海道・東京・中日・西日本新聞朝刊で連載)が忙しくて、とても充実した日々を送ってますが、もし子供がいたらこのスケジュールは100パーセント不可能だというのは本当によく思うんですよね。
荒木
うんうん。
菅
苦労して条件を整えて一定の仕事の時間を確保することができたとしても、子供がいればイレギュラーな、何か自分では防ぎようのないトラブルがあったりすると思うんです。子供が小さかったら自分の体力が削られるようなこともたくさんあるだろうと。
荒木
働く人に対して、めちゃくちゃなオーダーをしないやり方を、社会全体で考えるようになれば、子供のいる人も一緒に働けるようになると思う。今って100パーセント仕事に没頭できる人が基準になっちゃってるから。それは本当に変わっていってほしいと思うよね。そこらへんについて乾さんはなにか感じる?
乾
結婚して、子供もいて、バリバリ働いていて高給取りでっていう女性像が、メディアとかで取り上げられて、それがキラキラ輝いて見えてくるんですよね。私もそういうのに一時期は憧れてましたし。何でもできる、強くてたくましくってバリバリ働いてるっていう女性像。フェミニズムイコール、そういうイメージって結構ある気がしていて。
荒木
そうなんだ。
乾
でもおそらく、その方向じゃない気がするって最近考えていて。無限の搾取ですよね。どこまで行っても頑張れよっていう。だからもうちょっと違う別の女性のイメージ像があってもいいじゃないかって。
荒木
そうね。理想の女性のイメージみたいなものが2つあるような気がして。1つは男性に対して反抗的で、結婚もせずまっしぐらに戦闘的に働き続ける女性というイメージ。古典的なステレオタイプとしてね。
乾
はい。
荒木
一方で、最近の雑誌とかに載ってるママタレントみたいな感じ。以前はタレントって結婚したら終わりみたいな感じだったんだよね。ところが今は、子供を産むとまたそれが一つの勲章みたいな、権利みたいな感じになって、また芸能界に戻ってくる傾向がある。
乾
ああ。
荒木
それを後押しするようなファッション雑誌とかも多いよね。いつまでも若くて美しくて、全然カッコ悪いおばさんにならない、ちょっときれいな仕事をしていて、そして家事もこなしています、みたいなイメージ。それもまた幻想だと思うんだけど。
人工子宮、メイド、オメガバース
菅
今の日本の社会と、女性が妊娠出産するっていうのはシステムとしてあまりに合わなすぎると思っています。
荒木
卵子を凍結するバンクについてスプツニ子!さんが話してくれましたね。もうこんなに科学が発展してるのだから、何歳で子供を産まなきゃいけないみたいなことに縛られるのがおかしいと。
菅
私は人工子宮が完成して、人間の身体から外部化してほしいなあと思いますね。結構過激派の考えですけど、そういう思考になりつつあります。自分の身体を使うという選択をしなくても別に大丈夫なんじゃないのって思うから。
荒木
だいぶ話は違うけど、出産や育児に関連して思い出すことがあります。私の子供が小さい時、シンガポールに住んでるチャイニーズの友達の家に行ったんだけど。メイドもドライバーもいる彼女の生活が本当に羨ましかった。雇えるんだったら、私は迷わず雇ってたと思うんですよ。もちろん移民の労働搾取など倫理的で重大な問題がそこにはあるんですが、目の前の大変さに耐えきれず選んでいたでしょうね。
菅
はい。
荒木
日本では、メイドを雇うといったことに対する、拒絶反応が強い。これもまた女性差別の表れの1つだと思うんだけど。そういうことが働くお母さんをますます追い詰めている。
乾
なるほど。
荒木
お手伝いさんなんか雇って何やってるのという目があったりする。女性が全てを完璧にやらなくちゃいけないという考え方があるんだよね。ユキさんは、出産とか考えたことある?
ユゥキユキ
もしも自分が産むとしたら、何年間は子供に必死になってしまうと思うんですね、育てるってことで。子供を産んだことによって、自分が諦めるものが何か出てきてしまうんじゃないかと不安になってしまって。
荒木
やっぱり不安を感じる?
ユゥキユキ
「あなたのために活動をやめたのよ」みたいな。そういう感覚に陥りそうな自分が怖いっていうのは考えますね。産みたさはあるけど、まだ考えが追いついてないところが強いですね。
荒木
うん。
ユゥキユキ
だからそれこそ男性が産んでくれたらいいのにな、みたいな。選択できたらいいのになと、思っちゃいます。少しズレますが、「オメガバース」っていうジャンルでは、男性同士でも、女性同士でも出産ができる世界を描いています。オメガバースの性差の階級設定については考えなければならないけど、それを読んだ時にあ、こんな世界もあったのか、と。
乾
そう、私も凄い理想の世界で。こんな世界いいなと思いました。
子供がリスクになる社会
荒木
アートの活動とかっていうのは緩急あっていいような気がするんだよね。確かに子供がちっちゃい時っていうのは、どうしてもやることが限られちゃうけど、またどんどん復帰していけばいい。本当に大変な時って数年だから。
乾
その数年が、仕事的に打ち込みたい時期と重なってしまうんですよね。
荒木
その時期がたとえ赤字になっても、あまり活動できなくてもいい。色んな人に育児を頼んで経済的にマイナスになってもいいから、みんなで分担して、うまいこと切り抜けられたら。その先に淡々と続けていける状況が来るから、そこまで頑張ってほしい。
ユゥキユキ
そういう知り合いがいないから、ちょっと分からないっていうこともあるんです。同級生とそういう話をした時に、結婚して経済的に余裕ができているから出産を考えたって聞きますし。
荒木
そんな風に出産とか育児が人生のリスクになってしまっている社会ってよくないよね。
ユゥキユキ
ですね、リスクに思えてしまうのがおかしいなと思って。そんなはずじゃないよね?みたいな。
荒木
これはやっぱり出生率は下がるよね。
乾
うんうん。
荒木
子供生まれても、無一文でも、子供の生活はちゃんと保証されますっていう風になってるといいね。教育費もタダですよとか。そんな国もあるわけだし。子供を持つことは根源的な権利なのに、物凄い条件付きになってるっていうのはおかしいよね。
菅
そうそう、そうですね。幼稚園とか保育園の待機児童もそうですけど。園に空きが出るかどうかを見て子どもを作るか決めるみたいな状況を聞きます。逆じゃん!って思う。子供がいるから保育園に預けるっていう話のはずなのに。何で園の空きが出るか出ないかで人生を選ばなきゃいけないんだろうと思います。
荒木
問題は、女性個人に葛藤や悩みが押し付けられているってことだと思う。代弁するような議員さんも全然いない。あまりにも女性の議員が少なくて。そうすると全てが個人の問題にされてしまう。
乾
そうですね。
荒木
でも、私は本当お節介ながら、全部をやってほしいなって思いますね、女性の後輩には。だから子供を持つこともチャレンジしてほしいし、いなければいないで勿論構わない。結婚もしてみればいいだろうし、しなくてもいい。迷ったらやるっていう方向がいい。しないで「あーあの時していれば」と後悔するよりは、失敗してもいいからやってみようか、みたいな感じで。
次号へ続く
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